5.2 労働安全衛生管理
労働安全衛生管理は、組織の運営に伴う災害の根絶を目的とし、職場内の設備、環境、作業方法などを整備し、職場で働く人達の生命や心身の健康を維持するための管理であり、合理的かつ組織的に行われる組織運営活動上の施策である。つまり、組織がその構成員の心身の健康を維持するために、業務上または構内などで発生する災害を防止することや、発生した災害に対しての適切な処置・対策を講ずることと言える。
また、労働安全衛生管理には、労働力の保全やモラルの維持高揚を図ることを目的とした人的資源管理の施策としての一面もある。労働力の保全や心身の健康増進が、モラル形成上においても経済的にも組織のイメージの面からも、組織やプロジェクトを運営する上で重要な観点である。
5.2.1 労働安全衛生法と安全管理
日本の労働安全衛生活動の中心となっているのは、1972年に制定された労働安全衛生法である。第1条において、同法の目的を次のように規定している。
(1)職場における労働者の安全と健康の確保
(2)快適な作業環境の形成の促進
この目的を達成するために、国や災害防止業界団体、製造・設置業者、事業者に次の責務を規定している。
(1)労働災害防止のための危害防止基準の確立
(2)責任体制の明確化
(3)自主的活動の促進
(4)総合的計画的な対策を推進
労働安全衛生法では、職場における労働者の安全と健康を確保するだけでなく、さらに進んで快適な作業環境の形成を促進することを目的としていることは重要な点である。快適な作業環境の形成とは、安全や健康の確保と密接な労働時間、賃金などの労働条件の改善も含まれている。安心・ゆとり・快適を持った職場づくりということが目標となるものである。労働安全衛生法では、その目的を達成するために、事業者や労働者のみならず、多くの利害関係者の責務も明確にしている。機械などの設計者、製造者、機関などや原材料を輸入・販売・譲渡する者は、それぞれの立場で労働災害防止に資するように努めるべき責務を有する。例えば建設業では、工事の発注者や設計者も含めて労働災害防止の責務を有することが規定されている。
労働災害や健康障害を防止するための措置を規定したものであるが、特に労働安全衛生で委任された諸規則では、潜在的危険性が高い機械設備や有害物質などに対して、事業者が守るべき具体的な許容基準を定めている。従って、まずは事業者らが労働安全衛生法規を遵守することが重要である。現在、労働安全衛生管理システムの有力な国際標準であるOHSAS18000シリーズでも、最初から高レベルの水準を目標にするのではなく、労働安全衛生法規の遵守の重要性を強調しており、労働安全衛生の先進国であれば、法規遵守のみによっても相当レベルの効果的な労働災害防止効果が期待できる。
しかしながら、行政立法による伝統的な仕組みであるため、最先端の技術水準の取り込みを迅速に行うことが難しく、また多様な業種に包括的に対応するための一般的基準が制定されるために、実務上の基準と法令上の基準に差違が生じることなどには注意する必要がある。
労働安全衛生法は、労働基準法とともに労働災害を防止するための法律である。同法に基づく安全管理の特徴を以下に記述する。
(1)事業者などの責務
事業者は、単に法律で定める最低水準を守るだけではなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて労働者の安全と健康を確保しなければならない。
また、機械・器具その他の設備の設計者・製造者・輸入者、原材料の製造者・輸入者、建設物の建設者・設計者・注文者は各段階での労働災害防止に努めなければならない。
(2)労働災害防止計画の策定と公表
労働災害防止に関する行政上の重要事項を定めた労働災害防止計画を策定し公表する。第9次労働災害防止計画では、死亡災害の大幅減少、計画期間中における労働災害総件数の20%以上の減少などを目標にしている。
(3)安全管理体制の確立
一定規模以上の事業場には総括安全衛生管理者を置かなければならない。また、所定 要件を満たす事業場には、安全管理者、衛生管理者、安全衛生推進者、産業医、作業主任者などを選任しなければならない。
(4)危害防止措置
事業者は、(A)機械・器具その他設備による危険、(B)爆発吐・発火性・引火性を有する物質による危険、(C)電気・熱その他による危険を防止するために、必要な措置を講じなければならない。
(5)機械などに関する規制
ボイラー、クレーンなど危険な作業を必要とする機械などについては、各種の規制が存在している。
(6)労働者の就業にあたっての措置
特定の業務については、免許を有する者や技能講習を終了した者でなければ、就業させてはならない。また、一定の危険有害業務に従事する労働者に対しては、特別の安全衛生教育を行わなければならない。
5.2.3 労働災害と災害統計
労働災害とは、労働者の就業に係る建築物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じんなどにより、又は作業行動その他の業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡することを言う。労働災害による労働者(従業員)自身の不幸は金銭に代わりうるものではないが、経営上の損失である災害コストとして捉えても、その損失はきわめて大きいものである。災害コストの内容は次のように分類される。
(1)直接損費
(2)間接損費
労働災害は、日頃から発生させないための努力をすることが重要である。そのために、職場全体、管理者・監督者に対する教育訓練の徹底、高齢者・障害者・パートタイム労働者・アルバイトなどに対する安全教育の取り組み、安全管理の徹底が必要となる。それらの努力とともに、現状を分析し、改善する努力、安全予防のための施策を策定するニーズを把握することも重要である。災害統計には、次のような指標が用いられる。
(1)年千人率
在籍労働者1,000人当たりの年間死傷者数
=(1,000)÷(平均在籍労働者数)×(年間死傷者数)
(2)度数率(労働災害の発生頻度を表す)
100万延実労働時間当たりの労働災害による死傷者数
=(1,000,000)÷(延実労働時間数)×(労働災害による死傷者数)
(3)強度率(労働災害の重さの程度を表す)
1,000延実労働時間当たりの災害のために失われた延労働損失日数
=(1,000)÷(延実労働時間数)×(延労働損失日数)
5.2.4 職業病とメンタル・ヘルス
ある職業や作業が原因で、不可抗力的に発生する病気を職業病といい、重量物の手運びや、有害な化学薬品を無防備で扱うなどの人体生理に矛盾する労働過程、作業方法、作業条件、作業環境条件などが発生の直接的な原因である。労働安全衛生法における労働者の危険又は健康障害を防止するための措置として次のような危険や健康障害を防止することを定めている。
(1)機械、器具その他の設備による危険
(2)爆発性の物、発火性の物、引火性の物などによる危険
(3)電気、熱その他のエネルギーによる危険
(4)原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体などによる健康障害
(5)放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧などによる健康障害
(6)計器監視、機密工作などの作業による健康障害
(7)排気、排液、又は残さい物による健康障害
また、労働者を就業させる建設物その他の作業場についても、通路、床面、階段などの保全並びに換気、採光、照明、保温、防湿、休養、避難及び清潔に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持に必要な措置を講じることを定めている。労働安全衛生法を遵守し、より働きやすい、健康な職場環境の整備が組織の責務である。
メンタル・ヘルス(mental health)とは、身体的健康に対する精神的健康を意味しており、精神面における病気や障害のない状態、著しい不安や悩みのない状態、家庭・職場・地域社会などに適応でき、人生に希望や目標を持って、生き生きと活動し、自己実現できる状態を指している。精神的な疲労の蓄積が精神的な病気や障害を発生する要因となっており、省力化や合理化などによる対人関係の乏しい職場や人間関係の疎遠な関係が原因となって発生する精神的な疾患や職場不適応も少なくない。そのような疾患は、次のように分類される。
(1)内因性精神障害(原因不明の精神障害)
統合失調症、噪うつ症、非定型精神病、てんかんの一部
(2)外因性精神障害
器質性精神病、中毒性精神病、症状精神病、てんかんの一部
(3)心因性精神病(反応の異常)
神経症、心因反応
(4)その他
精神発達遅滞、人格障害、その他
精神の健康を維持するための段階は一次予防、二次予防、三次予防の3つに分けられる。一次予防(発生の予防)では、個々人の予防段階であり、強いストレスを避け、心のヘルスメーターを持つ、ストレス耐性を強める、気分転換を図るなどを心がけることである。二次予防(早期発見、早期治療)では、従業員のサインを読み取り、相談や治療を早期に行える状況をつくるという組織の対策である。日常から、メンタルヘルスの啓蒙、職場の環境づくり、相談体制の整備に努めることが重要である。三次予防(職場復帰)では、職場復帰する従業員に対する職場環境を整備することであり、職場の良好な人間関係の醸成、個々人の能力や意見の尊重、相談体制の整備・充実が活動内容となる。
参考:日本技術士会
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